新しいのに変えてから、なるべく空き時間を利用し
無理の無い範囲で武徳殿に行って出来る練習をする
様にしている。何しろ年も年なので余り無理はしな
い様にしながらね・・・。
さて、先日の「琉球空手ばか一代」に続いて手に入
れた「義珍の拳」も読み終えた。「~ばか一代」の
方は作者である今野敏先生自身の略歴的なことも書
かれているため何となくテレもあったのか所々おち
ゃらけた文章が入っていたが、こちらは全編真面目
な(?)読み物になっていた。
日本本土に空手を伝えた船越義珍先生の半生と共に
空手の歴史的なことがとても詳しく書かれていた。
空手着が出来たきっかけや段位・級位がどうして出
来たのか、そして黒帯や色帯が出来たきっかけ等も
概ねうかがい知ることが出来た。
そして、沖縄で元々行われていた空手の稽古の仕方
や技術的な諸々のことがどんな経緯があって変わって
行ったのか、その背景に実はあったらしい船越先生や
元々沖縄で空手を指導されていた先人たちの苦悩や困
惑等にも触れられている。
フルコンタクト空手をしている自分にとっては正直
複雑な思いに駆られた部分もあった。
ともあれすっかり今野先生の著作のファンになって
しまい、次は何を読もうか物色中。今野先生は空手
関係の小説だけ書いている訳では無いが、その空手
や武道関係の著作だけでもかなり多数あるので、今
後片っ端から読んでみようと思っている。
余談だがこの表紙の空手家は会社が経営破たんして
廃刊になった昔の雑誌フルコンタクトカラテの表紙
に使われていた他派極真の師範の様だ。
一般の人にはわからないとは思うが何となく微妙な
感じ・・・。まあ、出版業界ってそんなものなのか・・。
無理の無い範囲で武徳殿に行って出来る練習をする
様にしている。何しろ年も年なので余り無理はしな
い様にしながらね・・・。
さて、先日の「琉球空手ばか一代」に続いて手に入
れた「義珍の拳」も読み終えた。「~ばか一代」の
方は作者である今野敏先生自身の略歴的なことも書
かれているため何となくテレもあったのか所々おち
ゃらけた文章が入っていたが、こちらは全編真面目
な(?)読み物になっていた。
日本本土に空手を伝えた船越義珍先生の半生と共に
空手の歴史的なことがとても詳しく書かれていた。
空手着が出来たきっかけや段位・級位がどうして出
来たのか、そして黒帯や色帯が出来たきっかけ等も
概ねうかがい知ることが出来た。
そして、沖縄で元々行われていた空手の稽古の仕方
や技術的な諸々のことがどんな経緯があって変わって
行ったのか、その背景に実はあったらしい船越先生や
元々沖縄で空手を指導されていた先人たちの苦悩や困
惑等にも触れられている。
フルコンタクト空手をしている自分にとっては正直
複雑な思いに駆られた部分もあった。
ともあれすっかり今野先生の著作のファンになって
しまい、次は何を読もうか物色中。今野先生は空手
関係の小説だけ書いている訳では無いが、その空手
や武道関係の著作だけでもかなり多数あるので、今
後片っ端から読んでみようと思っている。
余談だがこの表紙の空手家は会社が経営破たんして
廃刊になった昔の雑誌フルコンタクトカラテの表紙
に使われていた他派極真の師範の様だ。
一般の人にはわからないとは思うが何となく微妙な
感じ・・・。まあ、出版業界ってそんなものなのか・・。
コメント
いつも楽しく読まさせていただいております。
今野敏氏の空手小説は自分も好きで読みました。
「武士猿」(ブサーザールー) 本部朝基先生のことを書いた小説です。
おもしろいですよ。(私はですが) ナイファンチの達人です。
私的な意見ですみませんが、武術は型です。それも伝統で受け継がれている正しい型です。
私は今、体験し実感しています。
もう一つ、一番大切なのは心です。正しい心。
心ができてないと型の技が掛かりません。
まだまだたくさんあるのですが、ないかもしれないし、自分は何もできていないので、あとは何も言えません。
調子に乗って書き込んでしまいました。すみませんです。
「義珍の拳」風に書けば自分達がしているフルコンタクト空手は、体育的に変化してしまった本土に伝わった後の空手が様々な考え方の基更に変化したものなのだと思います。
私には難しいことは全然分かりません。これからもこのフルコンタクト空手を出来る限り長く懸命に稽古して行きたいと思っています。きっとそこから見えて来るものもあると思いますので・・。